愛知札所巡り

知多市八幡平井16 【0562-32-1959】
薬王山 法海寺【ほうかいじ】
【天台宗】【薬師如来】
【東海薬師48番】

本堂


山門



▲天智天皇勅願所/日本三薬師ノ一

▲彩色された仁王像

鐘楼


手水


風景

▲山門から入り正面が法海寺本堂、右側「大乗院」奥左側に「常光院」


▲十王堂

▲法善堂

▲愛染堂

▲「八幡のオヤクッサン」略縁起

駐車場
吉祥院門前に数台

略図



【県指定有形文化財】
■涅槃像(ねはんぞう)室町時代
 中央台座上に横臥した釈迦は右腕を曲げて手枕とし、やや頭の方から
 俯瞰して描いている等鎌倉時代以降の形式です。これを囲んで多くの菩薩、
 弟子、羅漢、八部衆、国王、大臣以下各階級の民衆と、鳥獣虫魚までが
 集まって釈迦の死を嘆き悲しんでいます。上方から天上界の摩耶夫人が
 悲報を聞いて白雲に乗って降下する姿を表しています。

■金剛界及び胎蔵界曼荼羅
 (こんごうかいおよびたいぞうかいまんだら)室町時代
 曼荼羅は、真言密教において多くの仏や菩薩を一定の方式に基づいて、
 整然と描いた図のことで、金剛界と胎蔵界の2つに統合されています。
 金剛界は仏の破煩悩力を示し、大日如来が智拳印を結び構図が9つに
 分かれています。胎蔵界は事象の根元を内在の世界に求めたもので、
 法界定印を結び胎内での出産以前の姿をあらわしています。
 両者とも形式・描法など海部郡美和町の蓮華寺本と軌を一にしています。

■紅頗黎色阿弥陀如来図(ぐはりしきあみだにょらいず)室町時代
 密教では、5つの仏を五方五大五色に配するとき、阿弥陀如来は、
 西方で火大にあたり赤色で表現されるためこの名がつきました。
 八葉蓮華の上に五鈷杵を横たえ、杵の上に独鈷を立て、その上に
 大紅蓮の花を開いて円相の中に、五仏の宝冠をいただき、結伽趺座して
 定印を組んだ阿弥陀如来が描かれています。

【市指定有形文化財】
■諸尊集会図(しょそんしゅうえず)南北朝時代
 弥勒菩薩を中心として、向かって右に薬師如来、左に定印の阿弥陀如来と
 いう三尊構成を中心に、四方に四天王を配し、その間にいずれも蓮台に
 坐す小さな菩薩を10体配した類のない図です。
 延徳3年(1491年)智蔵坊から寄進された旨の裏書があります。

■釈迦十六善神像(しゃかじゅうろくぜんしんぞう)室町時代
 十六善神は8体ずつ相称して置かれ、神将形もしくは鬼神形で
 あらわされています。この中で深沙大将は『般若経』の守護神であり、
 玄奘三蔵は『般若経』を中国に請来・翻訳したことで知られます。
 室町時代に制作され、江戸時代に数度の修理を経ています。

■不動明王八大童子図(ふどうみょうおうはちだいどうじず)室町時代
 不動明王とは大日如来が一切の悪魔を降伏させるために化身して
 忿怒身となったもので、大火焔の中にあって諸難や汚れを焼き払い衆生を
 救う仏です。画面中央の岩座上に結跏趺坐して、右手に剣、左手に羂索を
 持っています。周囲に八大童子を従え、剣を飲み込むように倶梨迦羅龍が
 剣にからみつき、その間に一筋の滝が描かれています。

■山王本地仏曼荼羅(さんのうほんじぶつまんだら)室町時代
 画面全体を社殿とし、その内陣に日吉山王社の本地仏を描く曼荼羅です。
 釈迦如来・薬師如来・阿弥陀如来・千手観音・十一面観音・地蔵菩薩・
 普賢菩薩が描かれ、画面上方には北斗七星と九曜星が
 小さく描かれています。北斗七星を描く場合、本地仏と合わせて
 描かれる例はなく、さらに九曜星を加えている点が特徴的です。

■普賢菩薩坐像(ふげんぼさつざぞう)鎌倉時代
 胸前で合掌し、右足を上に結跏趺坐し、象の上に乗っています。
 小像ながらも鎌倉時代の本格的な寄木造の構造を持っていて、頭、体、
 脚部等の調和が取れ、堂々とした像容です。象と蓮台は江戸時代の
 ものです。

■毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)平安時代
 左手は肩近くの高さに宝塔を捧げもち、右手は高く掲げて戟をにぎり、
 右膝を少し曲げて邪鬼の上に立ち、やや左方を向いて立つ
 毘沙門天立像です。現状は江戸時代の厚い彩色に覆われていて、
 当初の造形を詳しく把握することはできませんが、一部、彩色が剥落した
 部分などを見ると、入念で行き届いた彫りが施されていたことが
 わかります。像全体のバランスの良さやゆるやかな山形の宝髻、
 天冠台の形状などから、平安時代後期の本格的な造像によるものと
 推定されます。

■密教仏具(みっきょうぶつぐ)市指定
◇13種類、45点 ◇鋳銅鍍金 ◇鎌倉時代
鎌倉時代中期及び後期の標準的作風で、密教仏具の古い形を示しています。内訳は独鈷杵1、独鈷鈴1、五鈷鈴1、宝珠鈴1、輪宝2、羯磨4、火舎2、花瓶2、六器9、飲食器16、二器1、四けつ4、金ぺい1です。戦国時代の火災で多くの仏具が焼失している中でその一部が現存しているもので、本来の一具のものではありません。

■鰐口(わにぐち/慶長16年)江戸時代
 作者は「名護野之住大工水野猪兵衛家勝同内近清八」です。
 また「奉寄進尾智多郡薬王山法海寺鰐口本願寺本平井村衆偏中
 敬白」「慶長十六年辛亥九月八日并隣郷施主等」(1611年)の刻字があり、
 戦国時代に兵火に遭った法海寺の慶長年間の再建を語っています。

■ここの縁起「法海寺儀軌」は弘法大師の作られたものという。
第三世住職が大師で、寺宝に大師筆という大日如来画像がある。

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