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 雑記 知多四国ならではと思うことをしるしてみます

▼距離 ▼お寺で…
▼所要日数 ▼本堂と弘法堂
▼寺数 ▼札番と札順
▼灯明台と線香立 ▼納経
▼納め札 ▼大師道と丁石
▼御詠歌入り白衣 ▼11番〜54番〜12番

■距離

 総距離で200〜230キロぐらいだろうと思います。
 寺間で一番距離がある所で、57番報恩寺から番外曹源寺が約8キロです。
 ほとんどの寺間が2〜3キロと思ってもらってもいいでしょう。
 大井に五ヶ寺、佐布里に五ヶ寺は寺がかたまっています。

 ▲上
■所要日数

 知多四国でも本四国と一緒で、どこから始めてもいいし、いつまでに廻らなくて
 はいけないと言うこともありません。
 それこそ世代を引き継いで廻ってもいい事です。

 おおよその感覚で、車なら2〜3日、自転車なら3日〜4日、徒歩なら6〜8日
 ぐらいが通しでの目安になります。
 バスで3日、タクシーなら2日ほどで廻ってしまいます。

 一番多いと思われる自家用車を利用しての遍路では、距離の項目でも
 書きましたが、寺間の距離がなく、近道をしようと思うと細い道を選択したり
 します。

 道案内でも寺間の距離がないばかりにカーナビを利用していると操作で
 手間取っていたり、近道の細道を選択しないので時間がかかる事でしょう。
 それと、まず最初に寺から次の寺へは、どちらに向かって走っていくのかが
 結構ポイントになると思います。

 初めて知多四国遍路される場合なら車で3日ほどかかると思われる方が
 いいと思います。
 それでも番外まで合わせると98寺ですから、単純に考えても1日30寺以上
 打たないと廻れません。

 知多四国での遍路ポイントは「島をどうするか」にかかっています。
 遍路シーズンや夏休みなどは定期船便数も多く、それほど考えなくてもいいが
 シーズンオフの場合は時間に拘束される事もあります。

 ▲上
■お寺で…

 タクシーなどを利用して遍路される方々に遭遇して驚かれると思いますが、
 一部のお寺では境内までタクシーで入ってきて、弘法堂前で唱えていたかと
 思うと終わり次第タクシーに乗り込んで次ぎのお寺に行ってしまいます。
 納経は運転手さんが取られているので、時間にして5〜10分で出て
 行かれます。
 これが知多での基準になっているのでしょうか?(笑)

 知多でのローカルルールでは(笑)一直線に弘法堂です
 少し真面目に書くと「山門で一礼」「本堂に一礼」「弘法堂でローソク・お線香」
 「納め札・貴賤」「開経偈・懺悔文・般若心経・光明真言・大師宝号・回向」「納経」
 「山門で一礼」で、次に行きます・・
 文字で書くとたいそうな感じもしますが、動きとしてはリズミカルです。
 これで大体10分弱で計算していきます
 実際には5分から10分の間で寺から出てくる感じになるでしょう

 ▲上
■本堂と弘法堂

 本堂の中に弘法さんがお祀りしてあったり、別堂でお祀りしてあったりも
 しますが、境内に入って眺めていれば弘法堂の位置はわかりやすくなっていると
 思います。

 弘法堂前には、下記写真の様に一休さん案内があったり、張り紙がして
 あったりと妙に浮き上がった場所があるはずです。

 お洒落一休さん
 どこのお寺にも一休さんはいらっしゃるのですが、必ず帽子と
 「よどかけ」をされています。最高にお洒落な一休さんは、
 よどかけを十数枚しています。
 本来なら寺名とかが書かれていると思いますが、ほとんど見え
 ない状態です。
■寺数

 知多四国八十八ヶ所と言いますが、実際には番外が10ヶ寺あり合計すると
 98寺になります。

 更に、日間賀島の37番大光院の前に「鯖大師」があります。
 ここで納経をお願いすると「うちは納経帳の後から2番目と決まっている。
 1番最期のページは興正寺だからなぁ」と、ほとんどの方が納経を
 してもらいます。
 つまり、ここの納経と本四国での遍路後和歌山の高野山に向かう感じで、
 知多四国なら八事興正寺に行く感じです。
 ここまですると全部で百ヶ寺になります。

 中には弘法大師ゆかりの寺として、三河三弘法までを知多四国の納経帳に
 納められる方もいらっしゃいます。

■札番と札順

 1番から順番に打っていくと、5番を後にする遍路地図が多いと思います。
 4番から6番に飛び、番外も入れて打ち、東光寺からは54番を打って
 12番に行きます。

 5番も54番も離れた場所にありますから、札番通りに打つより、札順を考えた
 方が効率がいいと思います。
 基本的には知多半島を時計回りに廻ることを「順打ち」と考え、反時計回りに
 廻ると「逆打ち」になります。

 閏年【4年に1度のうるうどし】に逆打ちをすると御利益があるとも言われ
 実際に逆打ちされている方もいらっしゃいます。

■灯明台と線香立

 基本は自らの火で灯明して線香に火を入れます。
 もらい火をすると「業を引き継ぐ」と言われ注意された事があります。

 線香立てだけしかなく無理矢理その中にローソクを立てたりする方があり
 「だめですよ」と注意事項が書かれているお寺もあります。

 風の強い日、灯明台や線香立てがないお寺、納経時間が締め切り間近は
 お寺の方も「火の始末」に心配されるので、お賽銭と同じように
 納めるだけにした方がいいと思います。

 知多四国の札所では灯明台とか線香立てが
 同じ物はないと言った方がいいでしょう
 すべてのお寺で個性的な形をしています。
 ほとんどが弘法堂にしかなく、灯明する場所も
 百本くらいから0本まで色々です。
 風が強いお寺では蓋までしている所があります。
 取っていい物かと・・・灰が飛ぶんでしょうね
■納経

 ●納経時間
 3〜9月までは朝6時から18時まで
 10月〜2月までは朝7時から17時までと
 霊場会で決められています。

 納経所では、ほとんど呼び鈴でお願いします。
 
 納経帳は2種類あり、
 写真が緞子(どんす)タイプで2200円。
 白表紙は1300円です。
 中身は同じだから、みなさん白を買うみたい・・

 寺名はみんな書いてありますから朱印を押して
 もらうだけです
 最初は3つ押してもらいますが、2回目からは
 中央の1個を何度も押してもらいます。 時にはマイセルフもあります。

 最期のページには白紙ページが4ページあります。

 ▲上
■納め札

 納め札は市販の普通の物を利用しますが、下記写真の様に知多四国ならでは
 の物があったりします。
 溝の方がオリジナルで作られ、みんなまとめて連記してある感じです。
 知多四国でのオリジナルという物はありません。
 同じ人が何回も何回も上から順番に貼るから
 柱はすごい事になっています
 巡拝回数がそれぞれ書かれていますが
 みなさんすごい数になっています。

 私が知っている方で最高は現在1300回
 以上って方でしょうか…


 こちらの弘法堂では、はがして、貼られて、
 はがしてと、はがし跡がたくさん…

 ただ、これらの物を見ていると
 「色々とありなんだな」と思います。

 知多四国霊場会の規定で50回以上廻った人は金札、100回以上で錦札を
 霊場会公認で準備してもらえます。
 現在、先達は350名ほどの方々が活躍されているそうです。
 色札を使われる方の後にお参りすると納め札箱の中に入っていたり
 弘法堂の前に挟んであったりします。

 それだけの回数廻った方の納め札を頂く事は、何かの縁と頂いても
 よいと思いますが、納め札箱の中をかき回してまで探すのはいかがなものかと
 思います。

 知多四国に何度も通い、色札を使う方と出会ったら納め札の交換を
 申し出るのが遍路の基本と考えます。
 その方がお互いに気分はいいし、見ていても自然に感じます。

■大師道と丁石
 看板には「弘法さんの道」、道々の石碑には「大師道」と
 書いてあります。遍路道とは言わない感じです。

 本四国では白衣を着て変な道を歩いていたりすると
 「お遍路さん、どっちに行くの?そっちは違うでしょう」などと
 道を教えてもらえることもあります。
 しかし、愛知の場合、知多半島を歩いていると
 知多四国に直傳弘法に観音霊場にと色々な霊場が重なって
 いるので、一概に「この道です」とわかってもらえません。
   
 【丁石(ちょういし)(ちょうせき)】 1丁は約110メートルと計算

 車で遍路していれば全然見なかったと感じることもあるでしょう。
 歩きで細い道を選択していると結構数があるなと感じられます。

 いかにも古そうな物には「丁」の字が使われ、比較的新しい石標には
 「町」の文字が使われているみたいです。
 時代と共に下部をコンクリートで固められ短くなってしまった物や倒れている
 物もあったりしますが、このあたりに遍路道があったと感じられる物です。

 ▲上
■御詠歌入り白衣

 年に1回ほど「御詠歌入り白衣」を着服されている方を見かけます。
 私は通し打ちで遍路していると、毎日宿に泊まって白衣を洗濯をしていました。
 背中の墨書きも自分でしたので、今では薄墨になっています。
 ある方からは白衣は消耗品だから、また新しいのを買えばと言われても
 愛着があるので着続けています。
 それこそ何十年も遍路している感じに見えるかも…

 でも、お寺から頂いた朱印入りの白衣は家宝にもなる物で、洗濯は厳禁だし
 着用もだめだと聞いています。
 家宝にもなるくらいだから、着用して洗濯なんてもってのほかでしょう。

 遍路にでるたび、毎回白衣は着て洗濯する物だと思っていますから
 御詠歌入りを着用することに違和感を感じます。
 できれば朱印も1つも入れない方がいいと思います。

11番〜54番〜12番

 知多四国霊場開創の折は、大御堂寺の山内六坊の一つ龍松院が
 54番札所であったが、明治維新後の廃仏毀釈に際し安養院に合併、
 その後、諸般の事情を経て明治34年(1901)1月海潮院に奉安されました

 ▲上


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