表紙弘法霊場弘法伝説 三ツ井戸 佐次兵衛井戸

 ■三ツ井戸 佐次兵衛井戸

 場所

【刈谷市下重原町4】【34.9862,137.0174】

 三つ井戸と佐次兵衛井戸
重原の三井戸

重原に・乞井戸・佐次兵衛井戸・
慕井戸と呼ばれる3つの井戸がある
弘法大師が重原に訪れた時、
飲み水に困っている村人のために、
祈って杖で土地に穴をあけると
清水がこんこんとわき出たという
伝説がある。
ここの井戸は佐次兵衛井戸で、乞井戸は重原本町、慕井戸は一色町に
ある。各井戸に弘法像があったが、現在は浄福寺山門前の
三ツ井戸弘法堂に祀られている。

重原弘法大師三つ井戸縁起

そもそも当地に遺る三つ井戸の
由来を案ずるに、人皇五十二代
嵯峨天皇の御宇、弘仁十三年六月
大師四十九歳の御時、
勅命により富士権現へご参詣の
帰途、重原の里へ巡錫あらせら
れし折、しきりに渇をおぼえて、
とある家にお立寄りあらせられ、水を請わせ給いける。

老翁即ち家の裏手に行き、しばらくして冷水を汲みて奉りしに、
大師こはよき水なりとご賞美あらせられ、尚問い給うに、今汝の水を汲み
来る事の餘りに遅かりしは何故にやと仰せらる。

老翁答えて当地は土地高きが故に井戸深く、縄釣瓶によりて汲むより
外せん方なければ、甚だ手間のかかりてかつ難儀の由申し上げたり。
大師は、そは定めて困ることならむ、我汝によき水を近くに得させんと、
家の前のやや低き所におり立ち、しばし瞑目して加持し給い、
杖にて大地に穴を穿ち給うに、忽ち玉の如き清水滾々として流れ出で
にけり。

老翁隋喜の涙にむせび永くご留錫を請い奉りしに、三七日の間お留り
あらせられ、その折尚里人の請いにまかせ、外に二つの井戸を
お授けあらせらる。口碑に遺る乞井戸、佐治兵衛井戸、慕井戸
即ちこれなり。

その後、星移り年変わるにつれて人家も多くなり、水を汲む術も講ぜら
るるに至りしより、各戸毎に井戸を設けしため、大師の井戸はただ徒に
荊棘の覆うところとなれり。

今回かかる由緒あるご遺跡の廃滅に近き有様を嘆き、その地を清浄に
して尚小宇を建立して大師の尊像を安置し、永くその御徳を伝え
奉らんとす。

希はくば十方有縁の輩よ、大師の霊場に詣りこの霊水によりて心垢を
洗滌せられんことを。

    三河国 重原弘法大師三井佐次兵衛井戸 執事

 関連写真

 関連資料
寿覚山 浄福寺(じょうふくじ)
【刈谷市重原本町1-24-1】【0566-21-1697】
*浄福寺山門横に弘法堂はあるが、一応寺預かりという形になる

■乞井戸、慕井戸
 民家の土地の中にあったり、池のそばにあったりと詳しい場所は
 書けない理由があるらしい、
 更に2つの井戸跡には伺ってもわかるような物は何もないらしい…


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