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 私の遍路

■十善戒
これは遍路でなくとも人として必要なことだと思いますが、特に遍路中は
こだわっています

□殺生しない □盗みをしない □邪淫はしない □嘘をつかない
□お世辞を言わない □悪口を言わない □二枚舌を使わない □欲張らない
□怒らない □誤った考えを起こさない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・へんろみち保存協力会「四国遍路ひとり歩き同行二人」より

期間限定ではありますが、さすがに遍路中にこれだけはやれるだろうと
いつもブツブツつぶやいていました。

■歩く
「私の遍路は歩くだけです」この一言しかありません
1日に何キロ歩けるのかとか、何日で回れるのかなどは結果の話であって
一応目安としては持っていますが、あまり意味のないことだとも思っています。

ある宿で他の方が宿主に言われていましたが、遍路は朝早く発ち、早く入るもん
ですと、ゆっくり朝食を食べている人がいますかって感じにです。
まったく、その通りだと思います。基本的に朝食が食べられるのは寺が5キロ
以内にあるときくらいです。納経時間が7時ですから朝6時に食事が食べられる
のならと更に条件が付くような場合だけですね。朝食が食べられたのは・・

宿からすぐが国道の場合などは日の出よりも1時間早く出るを原則とし、遍路道
なら30分早く出かけるとしていました。つまり、歩いているうちに明るくなり
道が見えてこられればいいって感じです。
体の調子がいい朝に飛ばさなくて、いつ飛ばすんでしょうって思います。
夏なら4時頃出発って感じにもなると思いますが、昼間は激暑のため
思ったよりも進めないと思います。。と言うことは、やはり早発ちかぁ

私は基本的に休憩は取らないと言った方がいいでしょう。
歩いている時は、ほとんど食べたことがないですが、飲料はよく飲みます。
そして、飲みながらペースを落としていく感じです。
いったん止まってしまうと、動き出すまでに時間がかかるし、歩き始めの足慣らし
が非常にきついのです。
律儀に1時間歩いて10分は休憩するなんてことをしていたら、私の場合は
足が動かなくなってしまいます。だらだらとでも歩き続けるが私の原則なんです
足がそんなに速くなくても、亀の心境で進めばなんとかなるなと思います

でも、さすがに足が動かなくなることもあります。その様な場合は歩くことを
いっさい止めてしまいます。だから私の足には平均何キロ歩くなんて話は
ないのです。お寺がたくさんあれば距離はなく、お寺がなく、足が好調なら
50キロ以上は歩けると思いました。(平地ばかりならね)

■宿
宿に入って、きちんと体を休める。食事をして栄養を補給する目的があります
宿に泊まれると思うからこそ、毎日がんばって歩けるんだとも思っています。
基本の部分で野宿をしてなんてことは全然考えたことがありません
遍路をしていても、お金を落とす場所がないので、宿にだけはちゃんとお金を
使いたいとも思っているのです。

宿でもポイントがあり、基本的には朝食は要りませんが、夕食はしっかりと
何も残さずすべて食べ尽くします。
(ある団体遍路さんと食事をともにしましたが、「一粒のお米も・・・」と食事の
前に全員で合唱していました。そのわりに食事を残すのはどうなのよって
思いましたが、遍路から戻って太ったではおかしな話だと思うし、車遍路で
朝昼晩3食きちんとした食事を食べていれば太るわなぁと思いました。)

夕食を出していただける宿には確実に5時から5時半までには入ります。
だいたいが夕食を6時に始めますし、食後の片づけ時間に迷惑をかけない
様にしたいからです。
もし、これより時間が遅れて食事を先に願いたいと思っても、先にお風呂に
入ってきなさいと気を使われるのが申し訳なく思うからです。
お風呂もあるし、洗濯もあるしとなかなか忙しいのです

意図的にビジネスホテル等を選択するときもあるのですが、この場合は
宿につく時間がある程度食事がない分自由になりますから、早くて日没後
遅いときなどは8時9時なんてのもありました。
さすがに9時くらいが限界かなぁとも思いますが、ビジネスホテルを選択すると
たっぷりと歩けます。

宿を予約する場合、午前中飛ばすだけ飛ばして、それから20キロ前後先の
宿を予約するようにしていました。時間的には12時から1時頃に電話予約
していたと思います。そして到着時間は夕食時間を考えながら歩くだけです

ビジネスホテルの場合は空いているか泊まれないのかの確認だけですから
5時すぎに連絡していました。
私は決して足が速いわけでもありません。ただ、歩くことにかけては最大限努力し
時間いっぱい歩いている感じなんです

そうそう、こんな話もありますが、宿で朝食・弁当も一切いりません。朝早くに
出ますから精算は今しますと言うと、だいたい500円くらい安くしてもらいました
それである程度歩いているとモーニングサービスをしている喫茶店を発見する
ことがあります。モーニング料金ってだいたい400円くらいですからね
名古屋生まれの私としては市場調査目的でモーニングは好きでした

■寺
寺での所要時間をと考えても、やることはちゃんとしていますから20分以内に
出られることはほとんどありませんでした。
本堂と大師堂の距離とか、団体遍路の大合唱を眺めて待っていることもあり
ます(自分のお経ができず、引きずられていくので)、納経所の待ち時間なども
ありますから、最高記録は1時間半って言うのもありましたね。
さすがに前の団体分、掛け軸20何本、納経帳40何冊、判衣30何枚と聞いた
時には凹みました。

今では経読もほとんど空で言えますが、一応経本は持たなくてはいけないらしく
片手に持って唱えています。
1回の遍路で本堂・大師堂と唱えて、それを90寺以上でするのですから
遍路に行って来ましたが、唱えられませんって言ったら、何しに行って来たのって
言われるにきまっているでしょう

遍路に出かけるぞって決めた日から、たとえ必要枚数の写経が書けなくても
ゼロで出かけるって言うのも気持ちがすっきりとしませんから
精神修行の目的で多少は写経も納めています。
(寺では写経はこの箱、納め札はこの箱って区別してあるのですが、写経の箱
に納め札を入れるのはやめてほしいと思います)

そうそう、私の意地なんですが、私はお寺に入っても装備はほとんど降ろした
ことがありません。すべて歩いているままで唱えているし、納経所にもそのままの
格好で入っていきます。まぁ金剛杖程度は杖立に立てて来たりはします
そうすると、歩いているのですかとも聞かれません
それと納経(おい摺るだけですから、新聞に包んだ物を持っているだけです)を
先にしてあげますと言われることが多いのです。

こんな話を聞いたことがありますが、「私は歩いていますから、納経を先にして
ください」と言った人がいるそうです。すると歩きはえらいのかと言われることも
あったそうです。(時間がせまると気持ちはわかります)
それと、納経されている人はプロですから、その人が歩いているのかどうかは
わかるとも言われます。

ただ、私の場合は更に歩きを強調するかの様に下駄とサンダルをリュックに
ぶら下げていますから、珍しいとは言われますが、歩きですかとは一度も
聞かれたことはないですね。

お寺も90弱あって、納経に従事されている方の総人数を考えると、結構な
頭数になると思います。色々な方がいらっしゃいますから楽しいと思いますね。
全然楽しくないのは先達さんです。ひょうきんな先達さんと言うのもどうかと
思われますが、苦虫潰したような顔で横を通り過ぎられると、悲しくなります
「最近の遍路は質が落ちたと言われるが、先達の質も相当に落ちている」と
つぶやかれるお母さんにも会いましたね。。
どうも出会いの部分で、いい方には巡り会えませんでした・・

■礼状
以前から自分では筆まめな方だと思っていますが、遍路では更にパワーアップ
させます。2泊以上宿でご一緒になった方や、楽しかったなと思う方とは
納め札を交換しつつも、結願すると礼状を送るようにしています。
遍路の旅の不思議で、また遍路に出かけると偶然出会ったりすると感激します
まぁ、お互いのがんばりをその場で交わすことも大切だと思いますが
その後の礼状などは印象深く残るものだと思っています。

幸い、名古屋に帰る場合、深夜バスを利用すると死ぬほど時間がありますからね
この時にチャカチャカ書いているだけなんですけど・・・

■思い
また四国に行きたくなることを「お四国病」と言うそうですが・・
私は、もうたくさん、頼むから休ませて下さい。明日から歩かなくてもいいのね
って感じで倒れ込みます。
で、体が正常に戻ってくると、前回はあそこで歩けなくなったけど、あのまま
歩ければ更に1日は短縮することができたのになぁとか
今度は自転車って言うのも魅力的だなぁと、あくまでも人力ですがと
考えている自分があります。
って、言うことは、また出かけると狙っているのでしょうね。。。私

■提言
四国遍路を世界遺産に登録しようとする活動があると聞きました。
私は賛成したいと思います。俗日本人的な考えもありますが、これで資金面の
手だてが得られて、「へんろ道」が維持されていくのならいいことだと思います

遍路道にトイレができたり、ベンチ、灰皿やゴミ箱が整備されたりするのは
少し違う話だと思いますが、草刈りなどにも費用が出たり、道や山をその
ままに維持する費用、国道などに付随する歩道整備などが得られるのであれば
いいことではないかと思います。

高知国体があると言うことで、新しい道を通して山を削ったり、遍路道が寸断
されることはやめてほしいと思いました
遍路道から眺める山々で半分が削り取られていれば、いつかはここもそうなる
だろうなと簡単に想像できますから・・・
(私は部外者で土地の人間ではありませんから、勝手なことを言っていることも
事実だと思います。地元の方は便利になる方がいいと思いますが・・)

安易にお金がないからと野宿を続けてまわられるのもやめてほしいと思います
ある宿のお母さんも言われていましたが、遍路宿って好きでなければやって
いられませんと言われます。宿帳に記入願いますと言われ見てみると
この宿泊状況ではとてもビジネスとは言えません
私の代で考えさせてもらいますって話は多くの方が聞いていると思います。

実世界でお金をたくさん稼いで、四国へはお金を落としに行く場所と考えて
もらいたいと思っているのです。
ある会社の社長さんの話を聞いて納得しましたが、会社もうまくいってます
私は歩き遍路を続けるために会社もがんばっていきたいと話されます
歩くのが楽しくて仕方がありません。だから、お金をたくさん使って経済的にも
貢献しているのです
うぅぅぅぅむ。。いい話だなぁ
お金がないのなら、まず最低限は稼いでから四国には来ること
それから早く歩きまわること、これがお金の使い方でしょう。
(私事ですが、四国内では全部宿に泊まって総額で20万円は切ります
日数が延びれば費用はかかります。ほとんどが宿代ですからね)
宿は遍路同士の交流の場でもあると思うのですが・・

それと、歩き遍路の扱いですが、歩き遍路の納経代はなんとかしてほしいと
思います。歩き遍路が納める納経代などはたかがしれていると思います。
でも、この納経代を道に投資したいのです。
お寺は、なんだかんだと言っても団体遍路を当てにすればいいと思うのです。
そして、歩き遍路が納めていったお金は霊場会などが一括して管理し
道の整備に役立てて欲しいなぁと思います。

北海道観音霊場ではすごい話がありましたが、「ここは四国と違うんだぞ、電話
かけてから来なさい」と叱られたりもしました。
これから比べると、四国88カ所のお寺って恵まれていると思いますよ
団体遍路さんがいるから納経所の運営ができ、納経所にはいつも人がいます
からね。他の霊場ではピンポンと呼び出すことが普通です。
でも、遍路と言う文化を支えているのは歩いている人だと私は思います
だからこそ、明確にお賽銭や納経代が道に反映されるといいなと思います
よく聞く1%クラブみたいな話でもいいんだけど、納経代の中から1%を
還元するみたいな話です・・

歩く人が一人もいなくなっても、遍路文化は維持できるのかなぁと思います
なんか俗世界的なことを書いている様な気もしますが、お金の使い方って
とても大切なことだなと感じています。



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