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【名古屋市中区上前津1-1-19】【052-321-3028】 |
| 西眼山 功徳院【くどくいん】 | |
| 【曹洞宗】【本尊/鋳鉄地蔵菩薩立像】 | |
| 【名古屋百観音20番】【府下地蔵23番】【府下観音19番】 【大名古屋三大師2番】 |
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| 【 本 堂 】 | |
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| 【 山 門 】 | |
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| 【 お地蔵さん 】 | |
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| 【 風 景 】 | |
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| 【 略 図 】 | |
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| 【 駐車場 】 | |
| 寺横駐車場 |
| 【 おぼえがき 】 | |
| 【日輪弘法大師/日輪大師/にちりん】 人皇51代平城帝の御宇 弘法大師が巡錫の折り、伊勢国河芸郡稲生村に菩薩堂を建立させられた時に、大干ばつで草木枯死せんとしたため 大師請雨の祈祷をされると慈雨沛然と降りしため、この奇端に村民帰敬す。 この時、水に永久不自由せぬため七つの島を残され現存す。 なお大師は同郡合川村妙福寺に参拝し、大日如来の妙相を見て その秘法の霊現にて、同寺の薬師如来を御自作になる。 また、嵯峨帝の眼病の御悩あるや勅にて、霊妙なる遍照日輪の秘法を 厳修したまえば、忽ちに御平癒あらせたもう。 天正年中、河芸の大豪族庵芸太夫信太卿不治の難病の時、同寺の大師の威相を見て快癒したという。 この御利益ある大師の御分身を、清洲時代より奉安せしめたため、 災難病消滅に御利益あらかたで参拝者が多かった。 【六道能化延命地蔵】 【元亀元年(1570)室町】 【観音堂/境内】 【大須善篤寺末】 【清州越】【裏門前町/南寺町】【清洲外町→中区裏門前町4-2/慶長】 【愛知郡前津小林村】【裏門前町】【上前津/かみまえづ】 |