愛知札所巡り表紙 【名古屋市昭和区石仏町1-80-2】【052-841-0628】
慈雲山 善昌寺【ぜんしょうじ】
【慈雲庵】
【曹洞宗】【本尊/釈迦牟尼仏】
【城東西国16番】

【 本 堂 】

【 山 門 】

【 薬師堂 】

【 観音さんとお地蔵さん 】

【 庚申堂 】

【 風 景 】

【 略 図 】

【 駐車場 】
山門前駐車

【 おぼえがき 】
■石仏町
寺内の観音堂には秘仏の石像の千手観音と円空作の薬師如来像が
あり、堂前には、「石仏」(いしぼとけ)の地名のもとになった地蔵尊が
ある。

■由来
十六世紀織田氏が那古野城の修築で城壁の石を村々に求めたとき、
村の字古観音に大きな自然石があり、役人が石工に命じて鎚を
打たせてところ、石より火を発して石工は失明してしまった。
苦しみ悩んだ石工が加賀国白山から来たという老僧の教えを受け、
千手千眼の神呪を唱え、二年間石地蔵を彫り続けたところ、目は治った。
石工は喜びのあまり、出家して慈雲と名のり、かたわらに庵をつくり
石地蔵(石仏観音)を祭った。
その後千山和尚が訪れ、慈雲山善昌寺と名づけた。
善昌寺の名は服部氏五代の総一郎善昌の隠居地であったことから
名づけられた。

■石仏白山社
善昌寺の境内にあったが、明治維新の際に神仏分離が行われ
善昌寺から分離され、善昌寺の鎮守社として祭られるようになった。

■ 「尾張志」によると、江戸時代の初め、慶長13年(1608)、
服部善昌の子が出家して建立したという。

【慈雲庵→善昌寺/寛文三年】
【境内/観音堂/千手観音/石佛観音】
【慶長十三年(1608)江戸】【昭和区龍興寺末寺】
【愛知郡石仏村】【石仏】【石仏町/いしぼとけちょう】

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