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【南知多町内海字大名切36】【0569-62-0355】 |
菅生山 大宝寺【だいほうじ】 【大寶寺】【大師庵】 |
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【曹洞宗】【本尊/釈迦牟尼如来】 | |
【南知多観音27番】【南知多五色観音】【知多百観音59番】 【知多四国44番】 |
【 本 堂 】 | |
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【 山 門 】 | |
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【 弘法さん 】 | |
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【 観音堂 】 | |
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【 観音さんとお地蔵さん 】 | |
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【 手 水 】 | |
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■弘法伝説「硯水(すずりみず)」 ■大宝寺開創「硯水大師霊場」 本四国八十八ヶ所第四十四番に管生山大宝寺という寺がありますが、 この寺は知多半島新四国八十八ヶ所第四十四番札所でもあり、 本四国と全く同じ山号、寺名を名乗っています。 遠く弘仁五年(814)弘法大師41才の御時舟で三河から知多の師崎に 御上陸親教されながら岩屋寺(第四十三番札所)を得て陸路伊勢に 向かわれた。 その道中の御修行場が、この硯水霊場であります。 左文書によれば〜とあります この寺の開創は実に「硯水大師霊跡」によって、その基礎が 出来上がり、降って、文化六年(1809)半田村(現半田市)小栗萬蔵の 二女好堅尼によって寺院としての第一歩を踏み出しました。 雨来法灯は歴代尼僧住職のたゆまざる努力によって護持され、 現在までに七代百六十有余年を経たのであります。 この山に仏のくどくあらはれて湧き出る水は甘露にもます 昭和五十年三月吉日 ■知多四国めぐり 第44番大宝寺ページ「ご由緒」 宝暦元年(1751)、この地に弘法大師の夢のお告げにより一つの霊泉が 湧き出ました。 そこに文化六年(1809)に開かれたお寺が当山の発祥で、開基は半田村 (現半田市)小栗萬蔵の二女好堅尼です。 その泉は今も本堂前に湧き出て、開創の命を脈々と伝えています。 |
【 風 景 】 | |
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【 御詠歌 】 | |
【このやまに ほとけのくどく あらはれて わきでるみずは かんろにもます】 |
【 略 図 】 | |
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【 駐車場 】 | |
寺前駐車場 |
【 おぼえがき 】 | |
【もくれん観音/もくれん寺】【花の寺/もくれん3〜4月】 【文化六年(1809)江戸】 【御祭祀/如意輪観世音菩薩】【硯石霊泉/弘法水】 【知多郡名切村/内海村】【知多郡南知多町】【名切】【内海/うつみ】 |