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【南知多町大井真向38】 |
| 宝珠山 医王寺【いおうじ】 【寶珠山】【醫王寺】 |
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| 【真言宗豊山派】【本尊/薬師如来/秘仏】 | |
| 【知多四国30番】【島崎大師9番】【南知多観音10番】【知多十二薬師】 | |
| 【 本 堂 】 | |
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| 【 山 門 】 | |
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| 【 弘法堂 】 | |
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| 【 西国観音 】 | |
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| 【 護摩窟 】 | |
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| ▲本堂裏にある「護摩窟」 「弘法大師は船で三河から知多半島の南知多町聖崎へ上陸後、 ここ医王寺と岩屋寺で護摩行を行われ、野間から北上」されたと 伝えられています。仏山から移される |
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| 【 鐘 楼 】 | |
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| 【 手 水 】 | |
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| 【 風 景 】 | |
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| 【 仮 堂 】 | |
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| 【 御詠歌 】 | |
| 【おおいがた くぜのふねに さおさして わたるもうれし のりのいおうじ】 |
| 【 略 図 】 | |
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| 【 おぼえがき 】 | |
| ■神亀二年(725)奈良時代創建 【遺跡/弘法大師護摩窟/弘仁五年】 ■【御祭祀/千手観世音菩薩】 ■宝珠山医王寺 弘法大師が再興にかかわり、当時は十二坊あったが 現在は四ヶ寺になる。一山七坊(大井に四坊)/師崎遍照寺 医王寺の塔頭四ヶ寺で医王寺を管理する。 ■医王寺の建つ山付近から裏山付近を当時は「仏山(ほとけやま)」と 呼んでいた。 ■昔話…盗賊を退治した薬師如来さん むかし、師崎の医王寺に、大勢の盗賊が寺の宝物を盗み出そうと しました。 その時、突然、一人のお坊さんが盗賊どもの前に立ちはだかり、 大音声で叫びました。 「もったいなくも恐れ多くも、仏の館を荒らすふとどき者ども、 このわたしが、相手つかまろう。」 そして、大勢の盗賊どもをばったばったとなぎ倒し、一人も本堂の中へ 入れない大働きをしました。 これには、さすがの盗賊どもも恐れをなしてついに、何もとらずに 逃げ出したということです。 このときのお坊さんは、実は薬師如来さんが姿を変えたもので、その時、 腕に刀傷を受けられ、今でも傷あとが残っているということです。 【神亀二年(725)奈良】【建暦二年再建】【行基開創】 【塔頭/建暦二年12坊→一山七坊(大井に四坊)/師崎遍照寺/篠島医徳院/日間賀大光院】【遺跡/弘法大師護摩窟/弘仁五年】【境内/薬師堂】 【知多郡大井村】【知多郡南知多町】【大井】【大井/おおい】 |